AIで決算書を分析する前に|鵜呑みを防ぐ3つの準備
文・編集:ワークデイズ合同会社
会計ソフトのデータをAIにつなぐと、自社の決算を設立からまとめて読み直すような分析が、一日で形になります。私たちは「AIで何ができるのか」を確かめるため、自社の6期分を材料にいろいろと試してみました。結論から言うと、分析はすでに実用になります。そして、物件売却の利益が桁違いに読み違えられる場面もありました。原因は、帳簿に書かれていない情報です。この記事では、試して分かった「できること」と、鵜呑みを防ぐために私たちが決めた分析の手順をまとめます。
まず使ってみる——目的は後から見えてくる
「何に使うか」を決め切ってから始めるより、まず試すほうが早く形になります。
私たちも、最初から「6期分を棚卸ししよう」と計画していたわけではありません。入口は、保有している物件ごとの収支を詳しくまとめる作業を、試しにAIへ手伝わせてみたことでした。使ってみると「ここまでできるのか」が分かり、できることが分かると「それなら設立からの全期間を通しで見たい」と、使い道のほうが後から見えてきました。結果として、6期分の決算データの読み直しから、複数物件の収支台帳づくり、毎月の手元資金の確認の仕組みまで進みました。
AIの導入は「目的を固めてから」と考えると、最初の一歩が止まりがちです。小さく試して、見えてきた使い道に乗る。順序は逆でよい、というのが実感です。
6期分の決算データで、どこまでできたか
集計や読み直しは、人手では割に合わなかった粒度まで一気にできます。
会計ソフトに溜まっているデータをAIが直接読める形にして(MCPという、ソフトとAIをつなぐ連携の仕組みを使いました)、「これもできるか」と片っ端から試していきました。
| やったこと | 中身 |
|---|---|
| 6期分の決算の読み直し | 設立からの貸借対照表・損益計算書を年ごとに並べ、事業の転機や利益の浮き沈みを数字で再構成 |
| 気になる数字の深掘り | 集計値から個別の仕訳までさかのぼり、「この年に何があったか」を特定 |
| 帳簿の外の情報の取り込み | 銀行の返済予定表や通帳の写真を読み取り、借入ごとの返済台帳を作成 |
| 月次の仕組み化 | 毎月の手元資金の動きを、同じ手順で確認できる形に固定 |
どれも、時間をかければ人手でもできる作業です。AIが変えたのは粒度と速さでした。全期間・全仕訳という粒度を、一日で通せる速さでやれる。特別な開発をしたわけではなく、順に試していっただけでここまで届きました。
検証の途中で出会った落とし穴
一方で、つまずく場面もありました。帳簿に書かれていない情報は、AIには見えない——それを具体的に確かめたのが、次の一件です。
分析の途中、AIが物件売却の利益を実際の約30倍として報告してくる場面がありました。「AIが間違えたのだろう」——私たちも最初はそう思いました。しかし調べてみると、そう単純ではありませんでした。私たちの会計データでは、売却の処理が「受け取った金額をいったん全額利益として記帳し、あとから帳簿上の資産価値を差し引く」という2段階で入力されていました。AIは1段階目の大きな金額だけを見て、それを利益と読んでいたのです。
帳簿が間違っていたわけではありません。人間の経理担当者なら、前後の仕訳を見て「これは2段階処理の1つ目だ」と読み替えます。問題は、その読み替えの前提が帳簿のどこにも書かれていないことでした。
仕訳の摘要(メモ欄)にどこまで事情を書き込むかは、記帳する人や運用によって差があります。私たちの帳簿も、人が読む分には十分でも、機械が文脈なしに読むには足りない箇所がありました。帳簿はそもそも、人間の経理が読む前提で書かれたものです。AIに見えるのは「書かれたこと」だけで、書かれていない事情は存在しないものとして扱われる——これが、会計データ×AIの落とし穴です。
鵜呑みを防ぐ、分析前の3つの準備
対策は高度な技術ではなく、始める前に決めておくことです。私たちは次の3つで、誤りを高い確率で途中で捕まえ、結果に残さない形にしました。
- 「帳簿に載っていない事情がある」と先に伝える。摘要は完全ではないこと、処理には会社ごとの癖があることを、分析を頼む最初に明示します。AIは渡された情報を疑わないため、「欠落が存在する」という前提そのものを渡しておく必要があります。
- 分からないことは推測させず、質問させる。「根拠のない推測で数字の帰属を決めない。不明なら質問すること」と指示します。実際にAIは判断を保留して質問の一覧を出し、こちらが1つずつ答える形が最後まで機能しました。AIが質問を作り、人が答えて決める——この分担なら、AIに任せ切りになりません。
- 元の記録と突き合わせる。AIの集計は、通帳・返済予定表・決算書の合計値といった独立した記録と照合してから採用します。約30倍の誤りは決算書の利益との突き合わせで確定し、修正できました。書類の読み取り誤り(数字1桁の読み違い)も、「前月の残高−返済額のうち元金分=当月の残高」という検算式で機械的に見つかっています(返済額には利息が含まれるため、残高が減るのは元金の分だけです)。
最初に添える一言は、たとえば次のような日本語で十分です。
この会計データには、帳簿に書かれていない事情や、摘要が省略された仕訳が含まれる可能性があります。数字の意味が確定できない場合は、推測で埋めず、私たちに質問してください。
明日ひとつ試すなら
会計ソフトを使っているなら、完璧な準備より「一言添えて、まず試す」ことをお勧めします。
- 直近期の決算書(または試算表)をAIに読ませ、上の一言を添えたうえで、「この1年で大きく動いた項目と、その理由の候補を挙げてください。分からない項目は質問してください」と頼んでみる。
- 返ってきた質問に、覚えている範囲で答える。このとき答えた内容こそが、帳簿に書かれていなかった情報です。
一方で、領収書が紙のまま溜まっているなど、データが会計ソフトに入っていない状態では、この方法はまだ使えません。その場合は記帳のデジタル化が先で、「AIならすぐできる」とは言えない——これも実際にやった正直な実感です。
なお、今回のような「AIに数字を読ませる」場面と別に、「AIに数字を作らせる」場面には別種の誤りがあります。そちらの対策はAIの数字はなぜ間違うか|“計算は計算機・AIは言語化”の実務にまとめています。また、細かい手順より先に目的や前提を渡すという考え方は、AI活用で成果を分けるのは手順ではなく上流と同じ背骨です。
まとめ
会計データ×AIの分析は、もう「できるかどうか」を疑う段階ではありませんでした。成否を分けるのは、AIの賢さでも難しい設定でもなく、データの渡し方——何を、どの権限でAIにつなぐか——と、分析の手順(パイプライン)の組み方です。欠落を前提にし、推測させずに質問させ、元の記録と突き合わせる。この手順を先に決めておくだけで、AIの分析は「鵜呑みにできない参考値」から「判断に使える材料」に変わります。
この落とし穴は、実際の分析の途中で出会ったものです。何を・どの権限でAIにつないだのか(データの渡し方)は連載のMCP連携とファイル渡しの違い(第1回)に、6期分・全物件をどう分析させ何が出たのかは全物件のポートフォリオ分析(第2回)に、それぞれまとめています。
私たちは、お客様にお勧めする前に、まず自分たちの帳簿で「何ができて、どこでつまずきうるか」を検証しました。これから試す方が、最初の一歩を安心して踏み出す材料になれば、この記事の役目は果たせたと思います。